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富村順一死す
東京タワージャック事件の富村順一。
『鉄の暴風』の虚偽事実の記載をネタに、沖縄タイムスを恐喝したとされる富村順一。
左翼集団に襲われ重傷を負って車椅子生活を余儀なくされたと云われる富村順一。
そして、公安提報者候補として私を警察に紹介した男、富村順一。

いつまで経っても、彼の死亡情報がネット上に現れないので、本ブログで述べておく。

平成13年秋の生活保護法による保護決定から十有余年に及ぶ生活・住宅・医療扶助を受けつつ、何不自由のない生活を大阪市西成区にて送っていた富村順一は、同区梅南2にある借家を終の棲家として、この冬に死亡した。

晩年には車椅子生活となり、昨秋までは電動式のそれを駆って、早朝に自宅を出て勝間街道を北上、鶴見橋商店街を東進して国道26号線を越え、あいりん地区(通称・釜ケ崎)にある労働センター付近を徘徊して露店で買い求めた弁当類を付近の公園や南海電鉄の高架下あたりで食して朝食をすませるという生活を続けていた。

ここで、おかしな点があることに気付いた方もおられるだろう。
「左翼集団に襲われ重傷を負って車椅子生活を余儀なくされた…」云々は事実じゃないのか?ということである。
もう少し詳しく述べるなら、「左翼集団に襲われ重傷を負った…」ことがあるのは事実であろうと思われるが、それが原因で車椅子生活を余儀なくされたというのは、事実ではない。
本当に車椅子生活を余儀なくされたのは、生活・医療扶助を受けてから数年後の晩年近くになってからである。

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私を公安警察に紹介した、元公安提報者(スパイ)富村順一という男については、別の機会に述べることにする。
| 因果因縁_偶然_必然 | 18:32 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
コメント
家族の幸せも顧みず、〆〆に生きてきた氏ゆえ、

「生活保護法による保護決定から十有余年に及ぶ…」

…という晩年でありました。

おそらく、その子の居所すら知らぬまま、鬼籍に入ったものと思われます。

ただ、その子が薄情なのではなく、家族から、子供から、三行半をつき付けられること必然の言動をされてきた人であったと、私は思っています。
| 無恥無情 | 2015/09/28 2:31 PM |
なつかしい名前です。富村さんとは米子で知り合いました。エ之カという子供がいましたが元気ですか。そのこロム天皇皇后という犬を連れて皇居広場を散歩されていました。富村さんが亡くなったとは知りませんでした
| 柏木隆法 | 2015/09/28 1:46 PM |
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