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<< 喪明ケデアル | main | 2012年03月16日のつぶやき >>
(10年間)司法にもてあそばれた
「常識にかなった説得力のある判決だ。この程度の証拠で有罪にはできない」。≪弁護士談≫
人権派弁護士と呼ばれるこの者の言葉は、ある意味重い。

たとえ真犯人であっても、証拠を残さず、容疑事実を争い続けてさえいれば、ミラクル弁護士と呼ばれるこの者達が、無罪判決を勝ち得てくれる。
それが灰色であっても、無罪は無罪。
そうなれば、大手を振って娑婆に出られるのだ。


「決定的な証拠がないと犯人にならないのか。状況証拠から真実を見抜くのが司法ではないのか」。と、遺族達は嘆き悲しまされるのが常である。


法廷に期待するなど無知・無駄・無謀。
法廷という場は、真実を追究する場では決して無い。
もちろん、被告人が容疑事実を争わなければ、確実に有罪になる。
つまり、正直者が馬鹿を見る世界なのだ。


無情の法律を大上段にふりかざすだけで、あらゆる状況証拠から以てしても、真実を見抜こうとは決してしない。
そこには、被害者や傍聴席の遺族に対する良心の呵責など微塵もない。
たとえ真実を見抜けなくても、無罪にしておけば、目の前の容疑者に対して良心は痛まない。


法廷とは、無恥無情な茶番狂言の世界である。
| 無恥無情_権力国家 | 16:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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